| いろいろなキューバが見えてくる | |
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リレー・エッセイVol.1「1963年 キューバ日記」はいかがでしたか?
カストロとゲバラが立ち話している有名な写真の撮影秘話など、 興味深いお話が一杯で、読み応えありましたね。 次は、ハバナ在住の森幹雄さんに、ナマのレポートをメールしていただきます。 |
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| Vol.2 「E-メールで キューバ便り」
No.1 森 幹雄 (ハバナ大学大学院在院)
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2000年10月27日
キューバはまるで底がまる見えの底無し沼だ。 はまったら最後、抜けられそうにもない。 先日、テレビ放送でキューバの国会討議の模様を見ていたら、何が議題かは忘れちゃったけど、カストロが一世代以上も歳の若い議員にやり込められるというシーンに出くわして、びっくりした。
その若い議員は、カストロが口にする数字の誤りを矢継ぎ早に訂正して、自分のやりたい政策を、論理的かつ秩序だてて説明していたが、しばらくしてそれが、90年代に入ってから苦況に立たされたキューバ経済を立て直した立役者カルロス・ラヘだと気づき、妙に感心した。 カストロの名誉のために言っておくと、殺人的に多忙なこの国の首相が、そんな細かいテーマの細かい数字なんていちいち覚えてられるわけはなく、経済畑のラヘとの論争で勝ち目がないのは明らかである。 感心したのは、そんなシーンも、逐一国民の前に提示しているキューバ政府の、明け透けさである。 共産主義もしくは社会主義の国というと、どうも暗くて閉鎖的なイメージを持ちがちかもしれないが、ことキューバに限って言えば、断じてそんなことはない。むしろ、訪れる者が呆気にとられるほど、明るくオープンである。どこにいってもOK。誰と話してもOK。お隣りのメキシコなんて、路上で酒を飲んでいると逮捕されることもあるが、これもキューバではOK。路上で踊ってもOKだし、街角で政府を批判してもOKである。 まあ、最後の件に関しては程度の問題もあるだろうが、たとえば「みんなで暴動を起こそう」なんて叫んでいたらちょっとやばいかもしれないけど、たいていのキューバ人は年季の入った批評家のような厳しい視点で、政策に関して、あーだこーだと議論している。昔、僕が仕事をしていた中米の小国では、政府の有り方を批評でもしようものなら即逮捕だ。実際に、酒場で警官隊が踏み込んで逮捕されるシーンを見たこともあるし、ある大使が「この貧しい国」と発言したために新聞の一面で叩かれ、その国の製品の不買運動にまで発展しそうになったことさえある。困ったことに、何を隠そう日本大使の発言なんだけど。 まあ、それはさておき、キューバ人は元来無類の話好きなので、政策に対する議論にも熱が入るというわけである。考えようによっては、自国の政策に何の興味も持たない国民よりも、よっぽど健康的といえるかもしれない。 そんなわけでキューバの街角は、人々のパワーで溢れている。 あーだこーだと議論している人のほかにも、踊っている人、ドミノで遊んでいる人、笑っている人、大声で友達の名前を叫んでいる人などがいる。そして、その誰もが、明るく活気に満ちている。そして何よりも気持ちいいのが、彼らがキューバ人であることに物凄く誇りを持っていることである。明るくて誇り高き人々は、見ていて気持ちがいいのは言うまでもない。 人づてに聞いた話なので正しいかどうか確信がなくて申し訳ないけど、南山大学に米国への移民史の研究をしている国際政治学者がいて、次のようなことを言っているそうである。 「20世紀に米国に移民した民族のなかで、米国の文化と交わろうとしなかったのが3つある。中国人、イタリア人、そしてキューバ人だ」。 前者2つは理解できるとしても、固有の言語、文化を持たないキューバ人がなぜ? そういえば昔、メキシコのカンクンで働いていた時にキューバ系アメリカ人によく出会ったが、彼らが絶対に「アイム・アメリカン」と言わなかったのを思い起こさせる。全くのアメリカ人に見える、キューバを知らない2世や3世までが「アイム・キューバン」と言っていたのは、僕には奇異に映った。グリーンカードを取得したメキシコ人は絶対に「アイム・メキシカン」と言わないのを知っていたからだ。明るくオープンで不思議な魅力をたたえるキューバは、僕にとってまるで底がまる見えの底無し沼だ。はまったら最後、抜けられそうにもない。 (続く→No.2)
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