| いろいろなキューバが見えてくる | |
| Vol.2 「E-メールで キューバ便り」
No.2 森 幹雄 (ハバナ大学大学院在院)
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2000年11月14日
「ハバナクラブ」のラベルの女性像はだれ? に始まる話 前回、キューバでは何をやっても基本的には自由だと書いたけど、何を隠そう、僕は数年前にサンタクララという街で、警察の、キューバでは革命的国家警察というのだけど、追跡を受けたことがあります。僕がそこで何をやっていたかというとヒミツ。というのは冗談で、史跡を中心としたガイドブックを製作していました。ここ数年に日本で発刊されているキューバのガイドブックの状況はよくわからないけど、僕が最初にキューバに来た頃はまともなガイドブックは皆無だったし、内容に関しても誤りが多かったのも事実。 ひとつ例を挙げると、ラム酒の王様「ハバナクラブ」のラベルにある女性像についての記述。これは、ハバナの旧市街にあるフエルサ要塞のてっぺんにある、ヒラルディージャという像がモデルになってるけど、それに関して「フロリダに不死の泉を求めて旅立った総督を待ち続ける総督夫人がモデルで、彼女は後に女性総督になった」との解説がありました。確かにキューバ人の観光ガイドのなかにもそのようなことを言う人がいるけれども、これ真っ赤な嘘なんですね。そんな女性総督は存在しません。キューバの国立資料センターで昔の文献を読みあさったので確かです。 事実はフアン・ビトリアン・デ・ビアモンテ総督(治世1630−1634)のもとでハバナの安全が確立された勝利のシンボルとして1632年に建てられたもので(ちなみに要塞の建設は1558年から1577年)、モデルはスペインのセビージャにあるカテドラルのヒラルダ像です。それでは、誤った解説がどこから派生したかというと、1539年にキューバからミシシッピー川に金鉱を探しに行き病死したエルナンド・デ・ソトという探検家を待ち続けた、イネス・デ・ボバディージャという女性の逸話がどうもそれにあたるようです。 そんなわけで、小田実の真似するわけじゃないけど、何でも知ってやろうとキューバ中を歩いて、正確なガイドブックを作ろうと思ったわけです。で、サンタクララで僕は市内地図の誤りに手を入れながら、中心部の約4km四方をくまなく歩いて、建物にある記念板の内容や一方通行の有無、ホテルの位置、個人経営レストランのメニューなどを書きこんでいたんですね。作業が半分ぐらい終わった頃、後方から4台のパトカーが猛然と走ってきました。「何かあったのかな?」と思っているのもつかの間、僕を囲むようにパトカーは停まり、険しい顔をした警察官たちが降りてきました。彼らにしてみれば「幼稚園の名前や工場の内容まで尋ねまくっている怪しげな東洋人がいる。CIAに雇われた反革命分子に違いない」とでも考えたのでしょう。 でも、そこは親切を絵に描いたようなキューバ人。事情がわかると「ここサンタクララはゲバラが独裁者バティスタに引導を渡した重要な街だ」と誇らしげに語り、あげくの果てには「俺が案内してやろうか」との申し出まで。いやー、キューバ人は最高に温かいです。 でも、この話にはまだ続きがあります。その晩のこと。中央公園でビールを飲んでの帰途中、ひとりの男がつけてくるのです。治安のいいキューバのこと、強盗の線はまず考えられません。「すわっ、内務省の人間か? 俺もブラックリストに載ったのか?」と思っていたら、ホモでした。話をして丁重にお断りしましたが。ちなみに、そのように苦労して作成したガイドブック用のデーターがどうなったのかというと、帰国した際に出版社の方に見てもらいましたが、「マニアック過ぎるねえ」とのこと。 ハバナクラブのラベルの女性像は、セビージャにある銅像のコピーですと言うよりも、貞節な初代女性総督がモデルですと言ったほうが、ロマンティックに聞こえるのかもしれません。 (続く→No.3)
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