リレー・エッセイ
 
いろいろなキューバが見えてくる
 
Vol.3 「カトー教授のキューバ美術講座」 その3

カトー教授
ハバナ市旧市街(アバナ・ビエハ)
オビスポ通り 風景 1998年
 
 いや、恐ろしや。もう2001年も1か月が過ぎましたね。関東・東海地方では久しぶりの大雪で一挙に雪ダルマ人口が増えたけど、本当は雪女に会いたかった。でもキューバじゃあいかわらずTシャツ1枚の生活だし、冷えたビールはうまいし、常夏だねえ。ところで、キューバにも昨年からようやく日本食レストランが出来たというの知ってました? 正確にいうとホテル内のレストランに和食コーナーが登場したという話しでコックはキューバ人。ロブスターの刺し身が一番人気だそうです。キューバ産ロブスターは食べごたえはあるしこれでまたキューバに行く楽しみが増えました。
 さてと、前回は第四回HB(ハバナビエンナーレ)の解説途中で終わってしまいましたね。今回はその続きからということですが、その前に復習コーナー。質問は、コロンブスの第一回航海出発はいつ?というものです。簡単すぎたかな。はい、そーです、1492年です。ちなみにキューバ島と遭遇したのは10月27日、上陸は翌28日だそうです。
 第四回HB(1991年)は翌年のコロンブスの新大陸到達後五百年という節目をかなり意識した企画になりました。大テーマは「世界のイメージ」で、キューバ人作家に依るこのテーマを反映した写真作品が『アートの挑戦』 セクションに集められました。他にも『カナダのアメリンディアン(先住民)美術』セクション、『ボゴランの絵画』(マリ共和国=アフリカ)セクションや『オーストラリアのアボリジニ(先住民)美術』セクションなど、植民地主義、ネオ植民地主義の犠牲となってきた世界の先住民社会と美術に焦点を当て、私たちの持つ世界像の歪みの実態を明らかにする作品を陳列していました。参加美術作家は200人で出身国は45か国にまたがっていました。
ハバナ市ラス・カバーニャス城塞 2000年
 またこの第四回HBより初めて建築分野の企画参加もあり、以後一番最近の第七回HBまで続いています。環境アートやインスタレーション、アースワークといった作品は、従来の室内の展示場を出て建物外部から都市空間、情報メディアの中にまで増殖しつづけてきました。建築や都市計画とアートの境界線は限りなくあいまいなものになってきましたし、元々は建築も美術の中で扱う一分野であったということからも必然的な流れです。おりしも1982年に世界文化遺産として登録され、老朽化した植民地時代建造物の保存修復と再開発が必至となったハバナ市旧市街区(ハバナ・ビエハ)への対応ということもあり、ここにきて建築分野の参入は望むところでした。そしてこの時よりハバナ大聖堂横隣にあるセントロ・デ・ウイフレド・ラム (ウイフレド・ラム・センター)、ハバナ港への入口対岸高台にあるラス・カバーニャス、エル・モロといった植民地時代の城塞跡もHB会場として使われるようになったのです。建築の企画はラテンアメリカ建築でも20世紀の主流となったインターナショナル・スタイルの検証からスタートすることとなり、ルイス・バラガン(メヒコ)、ウォルター・ベタンクール(キューバ)、カルロス・ビリャヌエバ(ベネズエラ)、ジョアン・ビラノバ・アルティガス(ブラジル)の4人の作品展示を軸に、その後を継ぐポスト・モダン建築理論の有効性と限界を示していました。
ハバナ市旧市街(アバナ・ビエハ)
レアル・フエルサ要塞 内部の美術品展示場 1998年
 1994年に第五回HBが開催されました。主テーマは「アート、社会性とその反映」という一見するとかなりあいまいなものですが、西欧中心に動いてきた現代美術世界への挑戦というかなり明確なポリシーを表明したものです。準備段階では多くの美術評論家やキューレータを巻き込んでの徹底した討論と検証がなされ、招待作家や作品以上にビエンナーレのコンセプトが注目されました。まあ、キューバ観光のついでにビエンナーレでも見ておくか、といった人たちにはやや辛いものがあったようですが、西欧現代美術の低迷や病理現象をシリアスに考えていた美術関係者には好評でした。ただこれをもってキューバには病める現代美術の特効薬があるような過大評価が出てきてしまったのも事実です。
ウィフレド・ラム(1902〜1982)
作品「黒と白の人物像」 1954年
ルフィーノ・タマヨ現代美術館(メキシコ)蔵
 ここで第五回HBの内容を短くまとめようとすると、恐ろしく難しい美術用語に集約させなければいけなくなるのですが、まずは、「作品のテクスト性」ということでしょうか。絶対的な美だとか真実はなく、そういったものがあるというフィクションは西欧起源の他者支配の口実であったことへの批判が根底にあります。要するに作品が「在る」というだけでその作品が成立する時代は終わり、その作品がどこに置かれ誰に向かって発信しているものかという社会(鑑賞者)の側との相互関係の中で作品が成立する、すなわち社会との文脈の中で初めて解読されうるものだと認識している作家が主流となりました。
 もう一点挙げるとすれば、「ポストモダンの周縁現象」ということになります。「ポストモダン」とは建築分野で素材や技術の革新をベースに建築の普遍性を求めたインターナショナル様式への反省から、地域特性(自然環境から伝統文化までを含む)を活かした建築手法への転換を志向するものですが、その考察対象となる非西欧社会の周縁にある「地域」なるものは不変の静的なものではなく、絶えず越境する人的交流や情報の相互受発信作用で文化変容や融合を繰り返しているダイナミックな実態を捉えた作家と作品にもスポットが当てられました。音楽分野ではいち早く定着した「インターセクション」のビジュアル版とも解釈できます。
 今回はちょっとちょっと難解でしたね。次回はどうなるかな。ではまた、チャオ。
(C)Photo by K.Kato 2001.
(続く→その4
 
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