オラ。皆さんお元気ですか。何だかんだといっても春を感じますね。さっそく花粉症の症状が出てきて、涙とくしゃみが止まりません。受験生にはまだ辛い時期が続くかも知れませんし、早々と就職活動を開始する学生はもう散髪に行ったかな。最近はE−メイルでも写真添付して送れるから、たっぷり修正加えて第一印象よくしましょう。
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エルサ・モラ 作 「沈黙の訓練」
写真、ハバナ・ビエンナーレ出品
(C)Elsa Mora
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さてハバナ・ビエンナーレ(HB)の歴史を振り返るこのコーナーですが、前回でようやく最新の第七回HBにまでたどり着きました。昨年の11月から始まり今年の1月に閉幕した、世紀をまたぐ美術の一大イベントだったのですが、これまでのHBに比べてまた一段と規模が大きくなったなと感じたのは、本流である美術作品展示の他に、すでに定着してきた建築部門の充実や、やはり美術の一部門ながら独自の企画で臨んだ国際陶芸展が規模も大きく、印象的だったこと、連日踊りやダンスのパーフォマンスがあったり、映画祭もあったりとてんこ盛り状態だったせいかも知れません。またHBへの正式招待作家以外にも個人の自由参加企画が沢山あって、どれも面白かった事も加えましょう。
でもまず本筋の話しから始めましょうか。前回後半にこの第七回HBの主テーマが「別のものとより近いもの」であり、基本的にコミュニケーションの問題を扱っていた、という話しまでしましたね。じゃあ、作品としてどのように表現されていたか、ここからスタートします。
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アグスティン・ベハラーノ 作
「告知」シリーズより
キャンバスにアクリル 200×250cm 2000年
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岩井成昭 作
「名前の自己紹介」プロジェクト案内状より
(C)Shigeaki Iwai 2000
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まずコミュニケーションの送り手と受け手のアイデンティティーを問う作品が多かったように思います。日本人唯一の招待作家だった岩井成昭氏の作品もこの系列に入ります。例えば個人のアイデンティティーとして確実なもの(と一般に信じられている)とされる「名前」もその表記言語を変換すると、とたんに名前=「意味するもの」と自分=「意味されるもの」の関係が不確かなものに見えてきます。聞き慣れたあいさつや日常の会話でも真っ暗闇の中や全く会話環境と文脈のない映像を見ながら聞くと、暗黙に了解しているコミュニケーションの成立基盤が揺らいできます。同じ質問や文章を何百回も繰り返されるに従って不安と受け止め方の差異が生じてきます。変身願望は誰にもありますが、どこまで自己改造は可能か、そして変身前と後で個人としてのアイデンティティーはどこにあるのか、など様々なアプローチがあります。作家と作品の密着度は低く、観客とのコミュニケーションの方が重視されます。まあ、一九八十年代から見かけるタイプですが、今回のHBのテーマの基底となる作品群です。
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タニア・ブルゲラ・フェルナンデス 作
インスタレーション ラス・カバーニャス設置
2000-2001年 (C)Kaoru Kato
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コミュニケーションが成立する以前の、外部からの刺激に反応する原初の身体感覚を目覚めさせる作品としては、廃材で作った家屋の中に入り、真っ暗な暗闇の中であちこちに置かれた音源から複数の日常聞こえる音や会話を立体的に聞くミゲル・アンヘル・リオス(アルゼンチン)の作品「トロアチェ...知性の領域」や、これも数十メートルは続く真っ暗なトンネルの中に砂糖キビを厚く敷きつめ、観客を手探りで一番奥の壁まで往復させるタニア・ブルゲラ・フェルナンデス(キューバの若手女性作家)の作品も印象的でした。タニアの作品では肌の黒いすっ裸の男性が彫刻のように静止ポーズをとって立っており、気がつかずに通り過ぎる人もいれば、偶然にぶつかってしまうこともある仕掛けを用意していました。
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アシヤデ・ルイス 作
「身体のない女性」
キャンバスにアクリル 94.2×73.4cm 2000年
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作品形態としてはビデオやマルチメディアを使った映像作品が多数ありました。これも現代美術の最近の傾向ですが、日中は30度を越える暑さの中で、冷房もなく厚いカーテンで区切られた暗い会場で映像作品を見続けるのは苦行に等しく、辛いものがありました。何十台ものモニターを必要とする作品が、まず台数だけでも揃えるために大きさもデザインも年式も違う箱を並べていたのは、いかにも物資不足のキューバならではのことだと作品表現とは関係のないところで面白く見ていました。キューバではまだこの分野での表現作家は少なく、カナダ、スイスの作家はキューバにきてからキューバの美術学生と共同で作品を編集・制作し、教育面でも大きく貢献したようです。
コンピュータを使ったマルチメディア作品は格差が目立ちました。キューバもそうですがアフリカなど最近になってようやくコンピュータが使える環境が整ってきた国の作品は、インターネットひとつにしても、それがやっと使えるといった素朴な喜びとパワーに満ちていますが、まだ表現の質を問うのはこれからです。逆にコンピュータ先進国の作品は、ハバナのコンピュータ使用環境が未整備で十分力量を発揮できなく、不完全燃焼だったようです。
観光による外貨収入増大が要請されている関係か、新しくラム酒博物館、ハバナ市立美術館、サン・フランシスコ修道院なども会場となっていました。このうちラム酒博物館では主催者企画で故ジャン・ミシェル・バスキア回顧展が開かれ、満員の盛況でした。
自主参加グループの中には高知県から、伝統の和紙を素材とする新旧作家二四名が集結し、「和紙」展を開催しましたが、初日オープニングには千五百人以上も集まる程注目を浴びました。
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カトー教授の似顔絵
キューバ、ハバナ市において 2000年11月
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五回に渡るハバナ・ビエンナーレに関する美術講座も今回で一応終了ということにします。でも間違えないでくださいね。キューバにはハバナ・ ビエンナーレの有無に関係なく、独自の美術世界が存在するのです。古くは紀元前四千年に遡ることの出来る先住民美術から、植民地時代美術、そしてウイフレド・ラムといった巨匠を生み出した現代美術まで、その多様性と奥の深さを実感するためにも、是非一度はキューバを訪れてみてください。あるいは日本国内で開催されるキューバ美術展を覗いてみてください。それではどこかの会場でお会いできる日を楽しみに、ひとまずお別れとしましょう。
さようなら。