| いろいろなキューバが見えてくる | |
| Vol.5 「キューバ音楽に魅せられて!」
その3 ラテン歌手 マルガリータ恩田 |
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1998年1月、キューバから突然「音楽留学をしませんか?」との便りが舞い込みビックリ!! “自分の力でどうしても音楽学校へ行きたい!”が、幼い頃からの私の夢だったからです。
まさかラテンの国キューバからこんな手紙を貰うなんて…あまりにも予期せぬ出来事に夢ではないかと顔や足をつねってみた程です。「本当なのだ!!“念ずれば叶う”とはこう言うことなのか」と強く実感しました。 「キューバ・キューバ!」と手放しで喜んでいたのも束の間、時が経つにつれ現実的な不安が頭をよぎり始めました。ラテン歌手とはいえ、スペイン語がわからない私。一体どの様にして暮らせば良いの?何をどうやって伝えればいいの?言葉の出来ない不安とよその国に暮らす緊張とが押し寄せ、背中がポッポ熱くなってしまいました。 考えた末、ラジオのスペイン語講座に毎日耳を傾けることに決めました。しかし、57歳で覚えるよりも忘れる方が得意な私…でも、とにかく行って見よう!行けば何とかなるさ!!相手も人間だから。 そして、その年の8月末、成田空港を後に一路キューバ第二の都市、サンチャゴに向かいました。 大きな期待と不安を抱え、やっと到着したサンチャゴ・デ・クーバ。…がやはり、キューバ。空港で迎えてくれるはずの音楽院委員長ダニエル・ヴィステル氏を探しても一向に見当たりません。あ〜また始まったキューバが…。幸い、ハバナから急遽同行してくれたダニエル氏の妹のおかげでどうにか目的のヴィステル家に到着。そしてこの日からどっ〜ぷりとキューバでの留学生活を味わうことになったのです。 以前キューバには数回コンサートで行きましたが、宿泊先はホテルなので何不自由なく過ごせました。今、思うと、あの時はキューバ人の家庭生活を全く解っていなかったのです。実際の現地人の生活は外で想像する以上に厳しいものでした。
最初の頃はこんな水の状況とは知らずジャブジャブ顔や体を洗うのに使っていました。(何しろサンチャゴは暑い!)。でも、とうとう数日後には「大切な水なので大事に使って欲しい。」といわれてしまいました。きっと家族はハラハラしながら私を見ていたのでしょう。日本では1杯の水で顔を洗ったりシャンプーをしたりなんてとても考えられないこと。ダンスの練習の後でどんなに汗をかいた後でもそれをしなければいけない自分。最初は慣れない習慣に胸を締め付けられる思いがしました。キューバで生活をするには昔の日本の生活が必要でした。
特に私が滞在していたダニエル家は歴代の音楽一家だったため、親戚が集まると何処からともなくすぐに音が鳴り始める毎日でした。 芸術文化中央専門機関と呼ばれる私の音楽学校はプロのアーティストのみが通い、教授と生徒、一対一の徹底した個人授業が特徴です。また、授業の時間や場所もその時の状況に合わせ臨機応変に変更していきます。
授業は緊張の連続ですが、程良い時にコーヒーを飲んだりしながら日本の話題に触れたり、時間にあせらずのんびりと豊かな気持ちで進んでいきます。まだ見ぬ日本には興味があり“おしん”や黒澤明などのことをよく聞かれます。未だに着物や刀を持っていると勘違いしている人達もたくさんいます。それくらい時代のずれがあり、未だ見ぬ日本に憧れを強く持っています。 どの先生も必死でスペイン語の分からない私にあの手この手で指導をしてくれ、言葉の出来ない私に理解をさせてしまうのには本当にビックリします。私は授業中感激の連続です。まだまだ知らないことの発見が多く、授業に興奮し、気づかぬうちに時間が過ぎている、の繰り返しでした。 特にリズムの授業では、私にとって只でさえラテン独特の裏拍のノリが難しいのに、更に手と足の動きを組み合わせ体全体でリズムを取るなんて、頭の中がグチャグチャになってしまいます。少しコツを掴んで動き始めると悲しい事に、まるでソーラン節を踊っているよう。とても格好良い軽快なラテンには見えません。 でもこの枠から抜け出すには恥をかきながらも夢中でやるしかないのです。「恥をかいても知っている人は誰もいないのだから勇気を持って練習するのみ」と自分に言い聞かせがんばる!…でも、落ち込みます。そんな時は別れ際に娘から貰った手紙「お母さん、全ては考え方一つ。言葉では留学は大変と分かっていても、もっとず〜とず〜と体験の方が難しいけど、その後はきっと努力が実るから頑張ってネ!!」を繰り返し繰り返し読み開き直りました。 一人ぼっちの留学も少し慣れた頃、日本人移民百周年記念がハバナで開催されるため、友達が日本から来ました。私もその時はハバナへ戻りモンカダとコンサートをしたり、日本舞踊や他のワークショップにも参加し楽しく時を過ごしました。 ところが、日常、言葉のしゃべれない私が開放されたために、一気に気がゆるみ羽目をはずし過ぎてしまい、仲間と別れる最後の晩から急に体調を崩し大変なことになってしまいました。重い脱水症状になり、トイレに行きたいのに体が動かず身動きが取れない状態となり、大至急入院をすることになってしまいました。 苦しい〜!! 痛い〜!!の叫びも通じない。でも私は叫び続けるしかなかった。この時ばかりはもう日本には帰れない、何処で死んでもいい、夢うつつのまま家族や友達の顔が次々と浮かんでは消え、そのまま何も分からなくなっていました。意思の疎通が出来ない苦しさをこんなに情けなく思ったのは初めてでした。 幸い数日後には病状も回復し、再び学校に戻ることが出来るようになりました。「もうどんなことでも大丈夫さ。この世に戻れた私だから!」と、その瞬間から、目の前がサッと爽やかになり、再び戻ったサンチャゴの日々は全てが一段と楽しく、明るく思え、ほんの少しの時間でも無駄にしたくない残りの3ヶ月でした。これを機に、一番苦手としていたスペイン語の授業でさえも、トイレの行き方や、常に愛を忘れないキューバ人らしい恋のささやき方などを教わり、面白く感じるようになりました。 多くの予期せぬ出来事の連続でしたが、日本人第一号として正式な“プロフェソーラ”称号の卒業証書を授与され、キューバ音楽を少しでも多くの方に紹介することが自信を持って出来るようになりました。 その国の文化を知るには、まず住んで生活を共にすること。その中から発見があり、そこから生まれてくるものこそが、その人の雰囲気を作り上げていくものだと信じています。 改めて私にきっかけを与えてくれたキューバに感謝します。そして、草木が水を必要とする様に私にはキューバが必要なのです。 (続く→第4回)
マルガリータ恩田10周年記念リサイタル 10月19日(金)18:30開場/19:00開演 高崎市文化会館 (高崎市末広町23-1 Tel:027-325-0681) 料金:¥5,000(税込) 全自由席 チケットインフォメーション:*オフィス おんだ Tel:027-347-1001 Fax: 027-347-1002 e-mail:m.onda.2@sweet.ocn.ne.jp ● 高崎・キューバ国際交流会では、会員を募集しています。
●活動主旨
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