リレー・エッセイ
 
いろいろなキューバが見えてくる
 
Vol.7 キューバの現在−あれこれ

その2 「永遠の旅人」エルネスト・チェ・ゲバラ

神奈川大学助教授 後藤 政子
 
 

カバーニャ要塞
カバーニャ要塞・ゲバラ博物館
 旧市街から海中のトンネルを抜けるとまもなくカバーニャ要塞の入り口に着く。小鳥のさえずりを耳にしなが堀を渡り、ドームのような門をくぐると、すぐ右手に黄色い建物が目に入る。ゲバラが執務室として使っていた兵舎である。今では博物館となっていて、海に面した執務室は当時のままに保存され、奥の方に大きなテーブルと背もたれの高い椅子が入り口を向いて置かれている。「エルネスト・チェ・ゲバラ伝」(海風書房発行)の著者パコ・タイボIIは小さな部屋だというが、奥行きはかなりある。右隣は展示室となっていてゲリラ戦時代に使った武器やゲバラの生涯を説明したパネルなどが飾られている。カメラもある。ゲバラは写真をとるのが趣味で、メキシコでカストロに出会う前には街頭の写真屋をして糊口をしのいでいた。ゲリラ戦のさなかにもカメラを手放さず、多くの記録を残している。ラテンアメリカ革命を目指してボリビアに潜入し、首都ラパスからニャンカウアスーに向かったときも道々、写真を撮った。ゲリラの存在がボリビア軍に発覚し、基地を完璧に捜索されたときにこの写真が発見され、CIAの手に渡って、ゲバラがボリビアに潜入している動かぬ証拠となってしまった。
カバーニャ要塞・ゲバラ執務室
 執務室からはハバナ湾を隔てハバナ市街が一望にできる。丘の上に海に向かって立つ、独特の二本の尖塔をもつナシオナル・ホテル。米国の国会とベルサイユ宮殿を模して造られたという旧国会議事堂のカピトーリオ。湾の奥には数隻の貨物船が停泊している。ハバナ湾は奥行きが深く、世界の良港の一つなのだそうだ。すぐ目の前に見えるのはスペイン大使館である。サンタクララ戦に勝利したゲバラがこのカバーニャ要塞に入ったのは1959年1月2日の深夜であった。首都におけるバティスタ軍第2の根拠地だが、抵抗はなかったという。世界でもっとも美しい町のひとつといわれるこの風景を、アルゼンチン人のゲバラが生まれて初めて目にしたのはおそらく翌日の朝であったろう。そのときゲバラの胸には一体、何が去来していたのか。早くもラテンアメリカ革命への旅立ちを考えていたのだろうか。

ハバナ市街
ハバナ市街

キューバ人以上のキューバ人
 カストロに「別れの手紙」を残し、ゲバラがキューバを去ったのは1965年4月である。キューバの政治の舞台で活躍したのはわずか6年3ヶ月。きわめて短い期間だが、彼が残したものはあまりにも大きい。「新しい人間論」、「精神的刺激論」、「ラテンアメリカ革命論」など独自の理論も展開した。
 ゲバラは革命成功後、キューバ国籍を与えられ、キューバ人となったが、外国人が政府の要人として活躍していることを、とくに外国のメディアは大きな問題とした。1961年8月にウルグアイのモンテビデオで開催された国連社会経済理事会に出席した際の外国人記者団との会見でもこの点に質問が及んだ。このときゲバラは、自分は「アルゼンチンで生まれ育ったが、普通のキューバ人と同じくらい、キューバ人であると思っている」と答えている。もちろん、実際には「普通のキューバ人」どころではなく、キューバ革命のために命を捧げることをまったく厭わず、全身全霊をキューバのために捧げた「キューバ人以上のキューバ人」であった。反乱軍司令官、国立銀行総裁、工業相として夜もほとんど眠らず、最前線に立って働き、週末には率先して自発労働に出て、汗まみれになって建設資材を運んだり、サトウキビを刈ったりした。
 そればかりか、キューバ国民を「終わりなき過酷なサトウキビ刈り作業」から解放するには機械化以外にないとして収穫機の開発に寝食を忘れて取り組んだ。主要産品の砂糖の副産物の開発に着手したのも彼であり、いまではサトウキビの絞りカスを利用した発電機で製糖工場が動き、飼料や医薬品などの副産物の開発も進んで、重要な外貨収入源となっている。政治家や理論家としてだけではなく、キューバの自立的発展や国民の解放について、いかに具体的に考え、心を砕いていたかがわかる。休む暇もなく、1日24時間をほとんど眠らずにすごしたゲバラにとって、この6年間はきわめて濃厚な日々であったといってよい。

通過点のキューバ
 だが、それでもやはりゲバラは「永遠の旅人」だったのではないか。かれにとってキューバ革命との関わりも旅の途中の一局面にすぎなかったのではないか。こんな思いを抱いたのはタイボIIの「エルネスト・チェ・ゲバラ伝」を翻訳してからである。もちろん、だからといって、ゲバラがキューバ革命のために全身全霊を捧げたことを否定するものではない。
 青年時代にエルネスト・ゲバラは2度のラテンアメリカ旅行をしている。初めは医学生時代に自転車でチリ、ペルー、ベネズエラなどを回った。「貧困」を発見した旅であった。2度目はブエノスアイレス大学医学部を卒業したときであり、帰路なき旅となった。「これでやっと安定した生活に入る」という周囲の期待をよそに、彼は終着点のない旅に出た。だが、このときにはラテンアメリカ革命を目指していたのではなかった。パリやエジプト、さらに「鉄のカーテンの向こう」への旅も将来の夢にはいっていたからだ。ゲバラはグアテマラ反革命事件においてアルベンス政権がもろくも崩壊するのを目の当たりにしたあと、メキシコにはいり、そこでフィデル・カストロに出会う。二人は意気投合し、ゲバラは生き残れる可能性のきわめて低い「グランマ号」での遠征に加わるが、出発にあたりカストロに、革命が勝利し、時がきたら自由にさせてほしいと頼み、カストロも了承していた。自由の身になったあと、どこへ行こうとしていたのか。
 夢がラテンアメリカ革命という明白な形をとったのは革命勝利後であろう。61年2月、ゲバラ工業相は執務室の書棚に寄りかかりながら、秘書のマンレーサに「ここで5年間やって、出て行く。5歳年とっても、まだゲリラはできる」と語っている。その数ヶ月後、前に述べた61年8月のモンテビデオ会議のときの外国人記者会見では、アルゼンチン人記者から祖国アルゼンチンについて質問されたとき、かれは「私にはもっと大きな祖国がある……それは全アメリカ大陸だ」と答えている。

「ラテンアメリカ人」ゲバラ
 「永遠の旅人」ゲバラにとってはキューバは通過点であり、また「ラテンアメリカの一国」にすぎない。彼はキューバ人、あるいはアルゼンチン人というよりも、むしろ「ラテンアメリカ人」といってよい。確かにラテンアメリカ諸国は歴史や経済、社会や文化などにおいて共通点は多い。だが、それぞれの国には国境があり、200年近い独立国家としての歴史をもつ。そのなかで形成された独自性は大きい。キューバ革命は第一次独立戦争と第二次独立戦争の挫折という歴史の上に成り立つ革命であり、指導者のフィデル・カストロはその重みを背負った「マルティ世代」である。ゲバラもホセ・マルティの詩を愛し、しばしば口ずさんでいたとはいえ、彼にとってはマルティはラテンアメリカの思想家であり詩人であった。「キューバ独立の父」マルティを「師」と仰ぐカストロとは大きく異なる。
 このようにゲバラを「永遠の旅人」として考えるとさまざまな思いが巡ってくる。彼はキューバ革命の経験を理論化し、それをもとに独自の社会主義論やラテンアメリカ革命論をうちだした。そのときに「ラテンアメリカ人」ゲバラが見過ごしたものはなかったか。あるいは逆に「ラテンアメリカ人」としての彼の理論の普遍性は何か。詳細に検討していかなければならない課題である。
 メキシコの政治学者ホルヘ・カスタニェーダは、キューバ革命はゲバラの理論をすべて否定することによって生き長らえたと語っている。これは彼のゲバラ伝『赤い人生』で指摘していることだが、この本の表紙は目を手で覆った、絶望したゲバラである。
 この場合、ゲバラの理論とはおそらく中央集権的社会主義経済体制論や「社会主義における新しい人間」論などを指すのであろう。90年代のキューバにおける市場経済化の進行を考えればそのとおりかもしれない。しかし、今日のキューバの体制をどのように考えるかは難しい問題であり、別に詳しく検討しなければならない。
 ここで問題になるのはゲバラの理論とカストロとの関係である。革命直後には「政治家のカストロ、思想家のゲバラ」と言われたが、両者の思想や理論はどのような関係にあるのか。あるいは「平等主義体制」とゲバラ理論との関係はどうか。あるいはゲバラの出国まで「ナンバーワンのカストロ、ナンバーツーのゲバラ」といわれていたが、ゲバラが「永遠の旅人」であったとすれば、本当にナンバーツーであったのか。いずれもあいまいなまま残された問題である。
 97年にゲバラの遺体がボリビアからキューバに戻り、サンタクララに移送されたとき、およそ300キロの沿道は人垣が絶えることがなかった。今もなお、ゲバラがキューバ人に深く愛されていることを示すものであろう。その一方で政府もゲバラの思想を高く評価し、ゲバラ精神を称揚している。これを体制を維持するために利用しているにすぎないと言ってすましてしまってよいのかどうか。キューバは革命の基本理念が今なお生きている数少ない国である。革命いらい43年間の歴史を振り返ってみると、それは、現実を受け入れつつも、そのなかで革命の基本理念をいかに維持していくか、そのために七転八倒してきた試行錯誤の過程であったことがわかる。市場経済化が進む今日のキューバにおいてゲバラ精神がどのような形で維持されているのか、あるいはいないのか、見極めなければならない。
続く→第3回
 
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