| いろいろなキューバが見えてくる | |
Vol.8 持続可能な国づくりへの挑戦
パーマカルチャーの堆肥づくりコース (パーマカルチャーのHPより) |
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| 東京都産業労働局農林水産部農業振興課主任 吉田太郎 | |
キューバの食料自給率は43%にすぎず、大半を輸入食糧に依存していたが、ソ連崩壊にともない輸入量が半減し、農薬や肥料不足で国内生産も以前の55%にまで落ち込んだ。石油不足で輸送手段も麻痺し、収穫物は消費者のもとに届く前に畑で腐る。食料危機は、国全体を震撼させたが、とりわけ国民の8割が居住する首都ハバナを始めとする各都市にとっては致命的であった。一歩舵取りを誤れば、大量の餓死者を出しかねない危機的状況の中で、市民たちが選択したのは、首都を耕すという非常手段だった、、、。 経済危機の以前には、生鮮野菜を食する習慣がなく、不足する栄養分は輸入缶詰めやビタミン錠剤で補っていた。すなわち、都市農業は非常事態下で国をあげて緊急的に取り組まれた「プロジェクトX」ともいえるだろう。これを企画立案したのが、軍のナンバー2と言われる実力者、モイセス・シューオン元将軍である。若き日にはゲリラとして地下活動に従事し、カストロとともに革命戦を闘い抜いた。モイセスは、都市内での野菜生産を提唱し、カストロの賛同を得て、軍とともに菜園づくりの先頭に立った。 「以前には日本と中国からの移民が野菜を作っていましたが、それをもう一度復活させようと思ったのです。カストロは全面協力してくれました。経済危機は大変でしたが、難局を打開する決意を見せるため、まず軍が実践して見せたのです」。 カストロも「都市において耕されないままに置かれた土地は全廃する」と檄を飛ばす。91年の1月に都市内の国有地を無償で市民へ貸与する制度が発足。94年に4月には、農業省の特別組織として「都市農業グループ」が設立され、民有地を含めて市内の遊休地をすべて農地として活用するプログラムが動き出す。この土地制度改革により、ゴミ捨て場や荒れ地が次々と野菜畑へと転換していった。
政府の全面的な支援政策を背景に、いま都市農業は凄まじい勢いで発展し続けている。ハバナでは3万人を超す市民が3万ヘクタールと市域の4割を耕作する。生産量も毎年倍増し、コメの65%、生鮮野菜の46%、果樹類の38%、根菜類や食用バナナの13%を生産。FAOが提唱する日量300グラムの野菜供給目標もほぼ達成されつつある。しかも、都市農業はすべて有機農業で行われ、市民の健康を配慮して都市での農薬使用も禁じられている。 そして、市民の食生活にも大きな変化がでてきた。以前の米、豆、イモからなる食事が復活し、これに生鮮野菜が加わっている。野菜食は健康面からも推奨されているし、有機野菜を食べるおかげで、輸入小麦や配合飼料で飼育した牛肉中心の料理を食べていた時代よりも、消費者は健康になり、結果として、それが自給率の向上に寄与している。都市農業グループは、2001年の9月から学校への地場野菜の供給にも取り組み、現在はハバナ市内にある943の全小学校と保育園に供給できている。
都市の生態的基盤は脆弱で、一度何かがあればまっさきに危機的状況に追い込まれるのは農村よりも都市である。だが、ハバナの取組みは、200万を越す巨大都市であっても、10年間でこれだけの成果を上げられうることを実証している。いま、国連をはじめ世界中で持続可能な都市という観点から、都市農業への評価が高まっているが、キューバはまさにその最も優れたモデル事例のひとつとなっているのである。 (続く→第2回)
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| 吉田太郎さん責任編集<キューバの有機農業> |
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