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主なバックナンバー :野球第34回ワールドカップ(2001/11/6-18)
:テロ事件に関するキューバ共和国政府声明ならびにカストロ議長演説(2001/10/15) :関工房・関礼子さんの藍染め展「藍 ai zome」開催 (2001/5/1) :国連人権委員会でキューバ非難決議案採択(2001/4/15) |
| 1. ハリケーン・ミシェル被害救援募金のお願い 2. 「老人と海」モデルのグレゴリオさん死去 |
| ハリケーン・ミシェル被害救援募金のお願い | |
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去る11月4日、キューバをハリケーン・ミシェルが直撃し、大きな被害をもたらしました。最大瞬間風速約60メートルにも達する、この50年来最大のハリケーンと言われ、青年の島をかすめたあと、南部海岸中央部のプラヤ・ヒロン=シエンフエゴス市間に上陸し、キューバ島を縦断してビリャクララ州のコロリーリョ=イサアベラ・デ・サグア間から北部海上に抜けました。 もっとも被害の大きかったのはハリケーンの進路にあたったマタンサス州とシエンフエゴス州ですが、影響はハバナ州も含め全国に及んでいます。避難民は80万人、被災家屋は2万2400戸、そのうち全壊家屋は2674戸にのぼりました。キューバ島にはこれまでも毎年のようにハリケーンが上陸していますが、死者が出たケースはきわめてまれでした。しかし、今回は残念ながら5人もの方が死亡しており、いかに激しいものであったかがわかります。 中部地方は重要な農業地帯でもあり、バナナやかんきつ類は落果し、収穫期を目前に控えていたサトウキビも倒れるなど、農作物の被害も甚大です。このほか、たくさんの送電塔が倒壊し、病院や学校の建物が壊れ、図書館の書籍が流出してしまったとも伝えられております。 「グランマ」紙等によれば世界各国から援助が寄せられているようですが、日本政府もこのほど2000万円(17万6300ドル=救急車4台、その他医療機器)の草の根人道援助の供与を決定しました。また、新聞等を通じてご存知のように、40年以上にわたりキューバへ経済封鎖を続けている米国政府も「人道上の理由から」食糧輸出を承認しました。 90年代初頭の深刻な経済危機から立ち直ったばかりのキューバ国民にたいし、自然はふたたび厳しい試練を課しているようです。キューバ政府や国民は現在、復興に全力を尽くしていますが、私たちもささやかながらも協力できればと考え、募金活動をさせていただくことにいたしました。皆様の暖かい御支援をお願い申し上げます。 緊急を要するため在日キューバ共和国大使館の口座(この募金のためにとくに設けていただきました)にお振り込みいただく形をとりました。口座の名義、番号等は以下のとおりです。
できるだけ早くキューバ政府へ送金したいと考えておりますので、勝手ながらお振込み期間を以下のとおりに定めさせていただきました。 ◎第一次締め切り 2002年1月15日(金) ◎第二次締め切り 2002年3月1日(金) 募金の結果は在日キューバ共和国大使館を通じ何らかの形でご協力いただいた皆さんにお伝えいたします。 呼びかけ人 (いろは順)
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